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JASRI理事長賞座談会

公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)では毎年、優れた研究業績や業務改善などの功績を残した職員を表彰しています。

科学技術部門、業務改善部門、特別功績部門の3部門において選考を行った結果、今回、次の4名が表彰されました。

表彰を記念して雨宮理事長と行われた座談会の様子を紹介します。

雨宮理事長
雨宮理事長

受賞者

【科学技術部門】
重松 秀樹
重松 秀樹

構造生物学推進室・相関構造解析チーム 主幹研究員

業績「生体高分子構造解析のためのCryoTEM測定基盤の確立」

【科学技術部門】
横山 優一
横山 優一

放射光利用研究基盤センター・データ駆動科学グループ 研究員

業績「ベイズ推定およびスパースモデリング導入によるSPring-8のデータ解析高度化と計測効率化」

【特別功績部門】
佐野 則道
佐野 則道

産業利用・産学連携推進室 シニアコーディネーター(2023年11月退職)

業績「SPring-8産業利用における計算科学応用の普及への貢献」

【特別功績部門】
Obuti M.Marcia
Obuti M.Marcia

利用推進部・普及情報課 職員

業績「SPring-8/SACLA Research Frontiersの出版に関する長年の功績」

今回の表彰を受けての感想などについて

雨宮 はじめに、今回の受賞業績に関して、“きっかけ”、“モチベーション”、苦労したこと、創意工夫したこと、嬉しかったことなどについて、率直な感想や思いなどを聞かせてください。

佐野 私は以前より、膨大な未処理データの中から何か新しい知見を得られないものかと、パワーユーザーさんから相談されていました。 一方で経験の浅いユーザーさんからは、データ解析が大変で誰かにやってもらえないかとの相談も寄せられていました。 これらの要望に対してビームラインの各担当者たちは、時間的制約や公平性の観点から、個別ユーザーのデータ解析支援はできないと考えていたようです。 これに対して私は、データ解析結果の取り出しまで含めて本来ならサポートすべきじゃないかと考えました。これがそもそもの“きっかけ”です。
JASRIに来る前は、企業の研究者であり、ラボ装置を使った分析業務を行う傍ら、SPring-8のユーザーでした。 当時でさえSPring-8のデータは解析を手作業で行うのには大量で、とにかく大変だった記憶があります。 一方、ラボのラマン分光装置には機械学習を利用した解析ソフトが付属していて、大変効率的に知見抽出ができていました。SPring-8のデータもそのような解析ソフトで効率的な処理が行えるようになれば、データ活用がもっと進むだろうと思っていたところでJASRIに来ました。 当初任命された業務が一段落した頃からマテリアルズ・インフォマティクス(※1)の可能性が知られるようになり、ベイズ分光法(※2)を適用する画期的な解析法などが出てきました。 そこで研究会を立ち上げたり、ユーザーさんらの計算環境に解析法を実装する仕組み作りなどに携わってきた結果が、今につながっています。

雨宮 佐野さんの話を聞くと、モチベーションは一貫してデータの有効活用にあったのだとよくわかります。重松さんはいかがですか。

重松 ちょうど私が入ったときに構造生物学推進室と改名され、相関構造解析チームができました。構造生物学はSPring-8ができる前のPF(※3)時代から、PXすなわちタンパク質結晶解析法(※4)により科学の進歩に貢献してきました。 ただ、この手法では名前が示すように結晶しか解析できません。そこにハードとソフトの技術革新によりクライオ電子顕微鏡(※5)が結晶化しなくともX線結晶構造解析に近いレベルまで解析できるようになりました。 このタイミングで私自身は、材料を作る立場から、測定装置サイドに移ったわけです。
その後、理研ライフサイエンス技術基盤研究センターを経てJASRIに移り、SPring-8を利用する構造生物学者や創薬の研究者らにクライオ電子顕微鏡を検討する機会提供に努めています。 ただクライオ電子顕微鏡は放射光ビームラインと独立して稼働する付帯設備のため、JASRIでは他の方との接点が少ないのが、少し気になります。

雨宮 ちなみにクライオ電子顕微鏡で、もっとも力を入れているのは何の解析ですか。

重松 いまは単粒子解析(※6)です。これも以前は、そこそこ分子質量が大きくないとできないといわれていましたが、今では30キロダルトン(※7)ぐらいまで対応できます。 ただ、それより小さくなると結晶のできる可能性が高くなるので、そもそもX線で見えるものと電子線で見えるものの違いはなにかという議論になっています。

雨宮 電子顕微鏡を使い、電子の回析によって微小な結晶サンプルから構造情報を得る手法としては、マイクロED(※8)がありますね。無機物にマイクロEDを応用する場合のアドバンテージは何があるのでしょうか。

重松 マイクロED自体はアカデミアよりも産業利用で盛り上がっているようです。電子線を使うと100nmぐらいの結晶でも解析できるのがアドバンテージでしょう。

佐野 電子線の線源というか、電子線ソースはなんですか。

重松 基本的にはタングステンかLab6、六ホウ化ランタン(※9)です。最近の装置では、高分解能でコヒーレントなビームを出せる線源として、電界放出型電子銃(フィールドエミッション・エレクトロガン)(※10)を備えています。 我々は単粒子解析に最適化した装置を提供していますが、一方、アカデミアでは、トモグラフィー(※11)の活用が今後の課題だと思います。

雨宮 クライオ電子顕微鏡で開発者がノーベル賞を受賞したのは2017年でしたね。トモグラフィーといえば、私が研究統括を務めているCREST「情報計測」でもテーマに取り上げられていました。では、次に横山さん、お願いします。

横山 私は大学院修士課程から放射光を用いた研究を始めて、博士課程では東大ビームライン SPring-8 BL07LSUで研究を続けていました。当時のテーマは、遷移金属化合物の電子状態で、解析よりも実験に力を入れていました。 一方、最小二乗法に基づく解析では、初期値の選び方や解析プロセスによって最終的な結果が変わってしまうことが多々あり、このやり方に疑問を抱いていました。学位取得後にベイズ推定(※12)やスパースモデリング(※13)と出会い、これまで解析に感じていた疑問点を解消できる画期的な手法だと感じました。 とはいえ、これらを取り入れた新たな解析法を開発するのは難しく、時間をかけたらよいというものでもないので、いつも苦労しています。
まず自分1人で考えてアイデアの種を出し、共同研究者たちと議論を重ね、自分1人で考え直してブラッシュアップし、また議論するといった。サイクルを繰り返しています。 さらに、アイデアを形にする段階になった時、解析法の根底にある数式が正しいのかどうか、さまざまな前提条件は間違っていないのか、責任感を持ちつつ細心の注意を払って検証しています。
そんな私にとっての“やりがい”は、アイデアを解析プログラムにして実際のデータに適用し、従来法を凌駕する解析結果を得たときや、ユーザの研究成果の創出につながったときの達成感です。

佐野 ベイズ推定のよいところは、計測データから何がいえるのかを統計的に示してくれる、つまり検証ができる点ですね。

雨宮 確かに検証は、とても重要ですね。計測した結果から推定していくときに、どれだけ説得力のある進め方をできるのか。そのカギとなるのが検証でしょう。 科学では、できること・できないことをフェアに明らかにする必要がありますから。ではマルシアさん、お願いします。

マルシア 私にサイエンスのバックグラウンドと英語力あるので、当時の研究所長の上坪先生から情報誌『Research Frontiers』の編集を頼みたいと誘われたのが“きっかけ”です。 私は永年、情報誌『Research Frontiers』の定期刊行に携わっており、論文著者とのやり取りから、レイアウトや図表の修正、そのレイアウト確認までを担当してきました。 特に注意しているのが、図表類とそれに伴う説明文の扱いです。 この作業については外注できないので、最終的に印刷会社に入稿するデータ作成までを担当しています。 仕事とはいえ、最先端の研究成果に触れられるのが面白いのが“やりがい”ですね。

雨宮 広報、それも特に海外向けは非常に重要で、その意味でも『Research Frontiers』での情報発信は欠かせません。 また研究者用と一般向けと、ターゲットを明確にした分かりやすさの追求も重要ですから、マルシアさんの経験をぜひ周りの人にも共有してください。

モチベーションを高める職場環境とは

雨宮 続いて皆さんのモチベーションを高めるために、JASRIはどのような職場環境をつくるべきなのか。このテーマについて忌憚のない意見を聞かせてください。

佐野 JASRIでは各ビームラインに歴史があり、運営に関する基本姿勢などもそれぞれの流儀があります。 ビームライン担当者はみんな忙しいので自分のやり方が最も効率的だと思っていて、たまにユーザーさんから意見されると、少し気分を害したりすることもあります。 コーディネーターとしては、とにかくユーザーさんには気持ちよく実験してもらいたいと思います。 もう一点、一連のビームライン再編の流れの中で、担当者間の連携が強く求められる機会が増えたことで、萎縮してしまう担当者がいるようなのが気になります。

雨宮 よくわかる話です。みんな自分に誇りを持っていて、自分のやり方をベストだと思っている。 ただセルフリスペクトと同時に相手へのリスペクトも、つまり、ミューチュアル・リスペクト(Mutual Respect)が重要ですね。

佐野 もっとスタッフ間で交流できる機会を増やしたいです。以前はいろいろな会合がありましたが、コロナでなくなってしまい、職員間の距離が遠くなってしまったように感じます。

重松 私は職員になってまだ2年しか経っていないので、外部の視点からの話として聞いてください。個人的には、今の職場環境は理想的です。ただ難しさを感じているのが、人事評価における業務と研究の切り分けです。 私は研究員ですが、施設を運営する人間でもあるから研究はプラスアルファ、もしくは業務を通して研究するものと理解しています。だから誰かをここに誘うときには「100%の研究はできない、50%ぐらいかな」と話しています。
とはいえJASRIで業務を通してやれる研究、ユーザーと一緒にやれる研究はとても重要だと思うし、研究業務をもう少し幅広く融通の利くものにできればいいなと考えます。 その意味では研究員ではない人、たとえば技術士などの育成も必要ではないでしょうか。いずれにしても研究と業務の切り分けは、常に考えるべきテーマだと思います。

横山 私も研究員となってまだ1年ですが、JASRIでは内部での共同研究が盛んで、協力体制がしっかりできていると感じています。 所属しているデータ駆動科学グループでは、ビームライン担当者との共同研究がいくつも進んでいます。また、大学からJASRIに来たビームライン担当者は「JASRIでは内部で共同研究をできてうれしい」と話してくれました。
ここでは「SPring-8のユーザーサポートを通じて、ユーザーの研究成果を最大化する」という目標に向けて協力する職場環境が醸成されていて、それが職員のモチベーションアップにつながっていると感じます。 共通の目標を持ち、そこに向かって全員が協力できる職場環境は重要だと思います。

マルシア 私は後継者に、自分の経験をどれだけ引き継げるかに集中しています。編集業務に必要なサイエンスのバックグラウンドについては、編集委員の皆さんのサポートも得ながら、きちんとした原稿を出せるように引き継いでいきます。

雨宮 皆さんからの意見を聞き、特にスタッフ間の交流が重要である、と感じました。自分のやっている仕事にのめり込み誇りを持つと同時に、いつもそこから一歩踏み出し外に出て、新しいテーマにチャレンジする気持ちが大切だと思います。 「昔取った杵柄」だけでやっていると、徐々に陳腐化していきます。歳を重ねるほど学習能力が落ちるから、守りに入る気持ちはわかります。 けれども、恥を恐れずにいつも他流試合に臨むマインドが大切です。常に新しいテーマに関心を持っていれば、業務と研究は自然とバランスが取れるのではないでしょうか。 それと同時に、自分に何を求められているのかという、自分の立ち位置を知ることが大切だと改めて思いました。あと、後継者への引き継ぎ、自分の持っているものを手放す姿勢の大切さです。

佐野 私も、退職時に自分がいなくても業務が回るようにと、それをいつも考えています。

重松 引き継ぎは、いつも意識していないとなかなかできませんね。

理事長に対する要望など

雨宮 最後に私に対する要望やご意見もぜひ聞かせてください。

佐野 少し難しいお願いになりますが、部下と上司の間で意思疎通が上手くいかない場合もあるので、 その辺りにも目配りをいただけるとありがたいと思います。

重松 電子顕微鏡施設に関わっている職員は、付帯設備の担当者でありビームライン担当者と直接関わる機会がありません。 今後、付帯設備の担当者が組織の中でどのように他の職員と関わっていくのか、施設を担ってくれる次世代の専門職や研究員を増やすためにも、組織としての受け止め方を明確にする必要があると思います。 ぜひ、今後相談させてください。

横山 データ駆動科学グループについて、JASRI公式の情報発信について要望があります。現在、データ駆動科学グループの存在は公式ホームページにも記載がなく、SPring-8ユーザーの大半が、その存在を知りません。 私が研究会等で講演する際には毎回データ駆動科学グループを紹介しているのですが、それだけで認知拡大するには限界がありますので、公式ホームページ等でも情報発信してもらえるとありがたいです。

雨宮 率直な意見をいただき、とてもありがたく感じました。私が着任して半年後にコロナになってしまい、このように対面でじっくりと話をする機会がありませんでした。今日のお話を踏まえて、是非、より良い方向を目指したいと思います。 日本の科学技術は諸外国に比べて停滞しているといわれる中で、幸いにして放射光科学は、NanoTerasuが建設され、SPring-8のアップグレード(SPring-8 -Ⅱ)も視野の中にあり、非常に恵まれています。 だからこそ責任を強く感じますし、皆さんも責任感を強く持ってくださっているのもよくわかりました。 恵まれた環境に安住することなく、これからもどんどん前進していきたいと思います。ありがとうございました。

※1:マテリアルズ・インフォマティクス
統計分析などを活用したインフォマティクス(情報科学)の手法により、材料開発を高効率化する取り組み
https://www.hitachi-hightech.com/jp/ja/products/ict-solution/randd/ci/or-mi01.html

※2:ベイズ分光
材料・物性科学研究で計測される様々なスペクトル解析にベイズ推定の枠組みを導入したもの
http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2021/210830/

※3:PF
高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所放射光研究施設

※4:PX(タンパク質結晶解析法)
生命現象の主要部分を担うタンパク質や核酸など、生体巨大分子の立体構造を原子レベルで決定し、その巨大分子の間で起こる相互作用や動的変化の過程を追跡する
https://user.spring8.or.jp/sp8info/?p=1046

※5:クライオ電子顕微鏡
生体試料を急速凍結しガラス状の氷に閉じこめ、透過型電子顕微鏡を用いて直接観察する技術で、生体高分子複合体の立体構造を高い分解能で知ることができる
https://www.pharm.or.jp/words/word00743.html

※6:単粒子解析
ひとつひとつばらばらの粒になったタンパク質のTEM写真から、その立体構造を知るための方法
http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/publications/news/no_111/#user

※7:ダルトン
分子や原子の質量の単位、タンパク質の分子質量を表すのはキロダルトン(1000ダルトン:kd)が用いられ、DNAの場合にはメガダルトン(100万ダルトン:Md)が用いられる
http://www.ambis.co.jp/glossary/2007/11/dalton.html

※8:マイクロED(マイクロ電子回折法)
入射電子線に対して試料を傾斜しながら動力学的効果を軽減させて回折パターンを取得し、運動学理論(フーリエ変換)を適用して結晶構造を解析する方法
https://www.jeol.co.jp/words/emterms/20200910.164723.html#gsc.tab=0

※9:LaB6(六ほう化ランタン)
仕事関数が低く高融点のため、熱電子放射材料として最も適したものの一つです。デンカLaB6カソードは電子顕微鏡や電子線露光装置の電子放射源として高い評価を受けている
https://www.denka.co.jp/product/detail_00042/

※10:フィールドエミッション・エレクトロガン(電界放出電子銃)
電界放出現象を利用した電子銃。
https://www.weblio.jp/content/field-emission+electron+gun

※11:トモグラフィー
試料を連続的に傾斜させて撮影した多数の投影像をコンピュータで画像処理し、三次元的内部構造を再構成する手法。
https://www.jeol.co.jp/words/emterms/20121023.074558.html#gsc.tab=0

※12:ベイズ推定
ベイズの定理に基づき、実験データが既に観測された条件の下で、知りたい情報の確率分布を推定する手法。確率分布は、とり得る全ての値を確率と共に示すため、推定精度の正確な評価を可能にする。
http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2023/230912/

※13:スパースモデリング
スパースとは「すかすか」や「少ない」ことを意味する。少ない情報から全体像を復元しようとする科学的モデリング手法。
http://ja.wikipedia.org/w/index.php?curid=3487529